令和4年3月2日、東北芸術工科大学名誉教授日原もとこ先生は84歳の生涯を閉じられました。私は同じ大学における調査研究などを通して、先生には大変お世話になりました。ここで日原先生の多くのご功績や穏やかながら芯の強いお人柄を振り返りながら、在りし日を偲んでみたいと思います。
祝賀会会場にて祝辞を述べる日原もとこ先生(2017年1月・山形県東根市)©菊地和博
日原先生は1938年(昭和13)広島市の生まれで、女子美術大学卒業後に通産省(現経済産業省)工業技術院製品科学研究所の主任研究官としてご活躍されました。筑波研究学園都市でじつに31年間の学究生活を送られたのです。しかしその後に先生に大きな転機が訪れます。1992年(平成4)4月に山形市に東北芸術工科大学が開学しますが、先生はその大学のデザイン工学部教授として招聘されたのです。
編集局イメージ
日原もとこ先生お気に入りの山形市「東北芸術工科大学からの夕日」
夕日は作谷沢に落ちる。夕日が落ちた後、作谷沢の恋人たちの聖地「ふれあい展望台」から、東北芸術工科大学のある山形市内を眺めてみる…薄暗くなった中いつしかポッポッポッといつも見ている筈なのに懐かしい「故郷のあかり」が灯っていた・・・
最上郡金山町の金山住宅「街並み(景観)づくり100年運動」を推進 Ⓒ編集局
江戸時代豪農である、安倍権内家住宅と屋敷。 Ⓒ編集局
出羽三山 出羽神社 杉御神木と五重塔 Ⓒ編集局
先生は環境色彩学を専門とし、授業では学生に日常生活の色彩の大切さを教示されました。また、学生と一緒に地域に出て、建物や景観、環境に配慮した色彩とは何かを現場において考えさせることを大切にしておりました。共同トイレや公共施設の壁面などには、地域の歴史文化や自然を活かした絵やデザインを描かせることを通して、学生の教育はもちろん、多大な地域貢献もされていたのです。
日本における「色彩環境」啓蒙活動の一環として Ⓒ編集局
2015年、日原もとこ(公社)インテリア産業協会中部支部主催、(一社)日本色彩学会共催シンポジウム名古屋会場 特別講演「テーマ:これからの色彩環境について」 参加者 200名
先生は山形県景観審議会委員でもありましたが、1999年(平成11年)には志を同じくする仲間たちと「山形の景観を考える市民の会」を結成して社会活動も行なっております。その一例として、先生は街なかの看板や建物の外壁の色彩が美観を損ねている現状を「騒色公害」と名付けて憂い、あるべき色彩環境を示しながら現状の改善を訴えておりました。先生は大学を退職されてからも「風土・色彩文化研究所」を主宰して第一線で活躍し続けます。
一方では出版活動もなされ、翻訳書『色彩療法』や共著『色彩科学事典』・『まちの色彩作法』・『インテリアカラーコーディネーション』など、多くの訳書や著書も世に出されました。
先生とは韓国済州島など海外調査もご一緒しましたが、調査の合間に私は山形移住のお気持ちを尋ねたことがありました。その時の答えはこうでした。「ずっと探し求めていたものを山形で見つけたという感じです。これはもう一目惚れというほかありませんね」。先生は山形の自然・歴史・食べ物・人情などが大好きでした。なかでも山形市にほど近い東村山郡山辺町作谷沢には思い入れを強くしておりました。先生が初めて作谷沢を訪れたとき、「神秘的・歴史的な遺跡が多くあり、神仏と人と自然が共生する空間で独特のオーラを発している。ここが私を呼んでいると直感しました」と語っております。
作谷沢まんだら世界図 Ⓒ編集局
作谷沢まんだらの里 Ⓒ編集局
何か霊力に導かれるように作谷沢に引き寄せられた先生は、移住直後から作谷沢を生涯の住処ととらえられたようです。先生は地元の方々とさっそく「まんだら塾」を結成し、塾長に就任されました。
「まんだらの里 雪の芸術祭」祭礼・舞 Ⓒ編集局
小中学生による雪の造形作品展(大きな中学生もいるようです⁈) Ⓒ編集局
夏の花火も良いけれど、寒さに耐え…冬の夜空で宝石のように輝き舞う花火も見ものです!
Ⓒ編集局
余りにも有名なお話ですが、天灯(スカイランタン)の始まりは三国志の諸葛孔明が狼煙として考えたものだそうです・・・作谷沢に諸葛孔明は現れるのかな…❣
孔明もいいけれど、やはり何といっても義の軍神「関羽」が一番…❣ Ⓒ編集局
日原もとこ先生原作による民話の創作劇 子供たちの晴れ舞台! Ⓒ編集局
「まんだら塾」とは作谷沢がもつ固有の価値を再発見する研修の場です。そしてそれを活かした実践活動が「まんだらの里 雪の芸術祭」というものでした。この芸術祭は毎年2月に開催されておりますが、それは先生の指導力やアイデアが存分に発揮された「祭礼」でした。野外では小中学生による雪の造形作品展や花火・スカイランタンの打ち上げなどが行われました。屋内では日原先生原作による民話の創作劇の上演なども披露されて大爆笑も起こるほどの賑わいぶりでした。
作谷沢「まんだら塾」にて講義をする日原もとこ塾長 (受講生による撮影)Ⓒ編集局
このような心踊る真冬のイベントが30年近くも続けられてきたのはまさに驚きです。それは、「何もない田舎」と思い込んでいた地元の方々が、先生のあの郷土愛溢れる語り口によって愛郷心を呼び覚まされ、果敢に挑戦した結果であると思います。
皆さんのご活躍を楽しみに…いつも作谷沢の空から見つめていますよ・・・ Ⓒ編集局
「まんだらの里」作谷沢の四季 春の水車 Ⓒ編集局
いってみれば先生は「よそ者」にほかなりませんでした。先生が強調してやまなかった「作谷沢の優れた価値」などあるのだろうか、当初はそんな半信半疑の目がご自身に注がれたと聞きました。しかし、先生は確信を持ち続け、足しげく作谷沢に通っては住民と触れ合い、徐々に信頼を勝ち得ていったのです。
山辺町作矢沢「まんだらの里 雪の芸術祭」~準備が祭り、祭りは準備~ Ⓒ編集局
昨今、「雪の芸術祭」は地域在住者による自主的な企画が増えてきたといわれ、先生の撒いた種は確実に実を結んでいるようです。
現在、作谷沢では先生を顕彰するモニュメントを建てる構想が生まれています。それが実現すれば、先生の「永住の地」はまさに念願の作谷沢であり、心の底から喜ばれることと思います。
一方、先生は地域の伝承文化活動にも貢献されました。2014年(平成26)に設立された「伝承文化支援研究センター」では、先生は副センター長として、センター長である私を支えて下さいました。
毎年12月9日に行われる東北地方の大黒さま習俗に興味をもった先生は、類例のない「大黒さまシンポジウム」を提案されました。開催した2018 年(平成30)2月には活発で楽しいシンポが実現できました。私の大学の紀要論文「東北の大黒信仰儀礼の基礎的研究」はこのシンポが行われたため執筆することができました。改めて感謝している次第です。
私たちは先生が遺して下さった優れた実績に学びつつ、今後もそのご意思を継承していく決意です。日原もとこ先生どうぞ安らかにお眠り下さい。心よりご冥福をお祈り致します。
東北文教大学人間科学部 特任教授
菊地和博
プロフィール
現 職:東北文教大人間科学部人間関係学科 特任教授
学 位:文学博士(東北大学)
専 攻:日本民俗学・民俗芸能論
学 会:日本民俗学会評議員 民俗芸能学会評議員 その他
[著 書]
『東北の民俗芸能と祭礼行事』(単著:清文堂、2017年)
『民俗行事と庶民信仰』(単著:東北出版企画、2015年)
『やまがたと最上川文化』(単著:東北出版企画、2013年)
『シシ踊り─鎮魂供養の民俗』(単著:岩田書院、2012年)
『やまがた民俗文化伝承誌』(単著:東北出版企画、2009年)
『手漉き和紙の里やまがた』(単著:東北出版企画、2007年)
『庶民信仰と伝承芸能』(単著:岩田書院、2002年)
『講座 東北の歴史 第五巻 信仰と芸能』(編著書:清文堂、2014年)
『民俗芸能探訪ガイドブック』(共著:図書刊行会、2013年)
『図説 東根市史』(共著:東根市、2006年)
『東北学への招待』(編著書:角川書店、2004年)
『東根市史』通史篇下巻(共著:東根市、2002年)
『最上川と羽州浜街道』(共著:吉川弘文館、2001年)
『ザ・エピソード山形おもしろものがたり』(共著:みちのく書房、1996年)
その他
[社会活動等]
伝承文化研究支援センター長、山形県文化財保護審議会副会長、山形県民俗芸能懇話会
会長、山形県立博物館協議会副会長、山形県生涯学習センター「山形学」講座企画委員
会委員長、山形市文化振興事業財団評議員、米沢市文化財保護審議会委員、南陽市文化
財保護審議会委員、上山市文化財保護審議会委員、東根市文化財保護審議会委員長、大
江町文化的景観検討委員会、長井市文化的景観調査検討委員、長井市史編集執筆委員、
東根市行財政改革懇談会会長、 東根市子ども子育て会議会長、NPOクリエイトひがし
ね理事長、その他
[受賞歴]
真壁 仁「野の文化賞」2013年
斎藤茂吉文化賞 2016年
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発行元責任者 鎹八咫烏(ZIPANG TOKIO 2020 編集局)
協力(順不同・敬称略)
山辺町役場 〒990-0302 山形県東村山郡山辺町緑ケ丘5 電話:0236671111
東根市役所 〒999-3711山形県東根市中央1丁目1-1 電話:0237-42-1111
一般社団法人 河北町観光協会
〒999-3511 山形県西村山郡河北町谷地己885-1 電話: 0237-72-3787
まんだら塾塾生一同
アーカイブリンク記事ご覧ください。
ZIPANG-3 TOKIO 2020「舞楽の神髄を伝える谷地八幡宮 ~林家舞楽~(第一話)」
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ZIPANG-3 TOKIO 2020 ~雛と紅花の里 河北町~ 「谷地ひなまつりに秘められたお婆ちゃんたちの思いとは・・・みちのくひなまつり発祥の地より(第二話)」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/5901235
ZIPANG-3 TOKIO 2020 まゆはきを悌にしてべにのはな ~芭蕉~紅花の本場、谷地の「べに花まつりは、浴衣美人が映える半夏生の頃・・・(第三話)」
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ZIPANG-3 TOKIO 2020 ~ 最上川とべに花物語 ~「行く末は 誰が肌ふれむ 紅の花【松尾芭蕉】・・・ (第四話)」
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ZIPANG TOKIO 2020「『まんだらの里と雪の芸術祭』〜神仏の足許で祖霊が憩う聖域だった祈りの里・作谷沢」
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ZIPANG-2 TOKIO 2020〜まんだらの里の不思議な話‼️〜「本年"まんだらの里 雪の芸術祭"は28年目を迎えました。 ~山形発~ 【寄稿文】まんだら塾長 日原もとこ(後編)」
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ZIPANG-2 TOKIO 2020 ~全国の姥神像行脚(その1)~「山形県作谷沢の姥神像とは・・・【寄稿文】廣谷知行」
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ZIPANG-5 TOKIO 2020 出羽三山神社の精進料理 &食育推進フォーラム2021 開催【農林水産省】
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ZIPANG-6 TOKIO 2020 (VOL-6)
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ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
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ZIPANG-2 TOKIO 2020(VOL-2)
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