ZIPANG-6 TOKIO 2020【追悼】日原もとこ氏 寄稿文集16「紅花由来説に隠れたこぼれ話」(第五話)ACT.JT「鼎」より


                                   合掌



到頭、紅花染色に纒わる5回シリーズは本編を以て最終となります。

山形県酒田 北前船(千石船)方角石


紅花染装束の蘭陵王
慈覚大師の山寺(宝珠山立石寺)建立時に上方より同伴定着した伝承舞楽。
谷地八幡宮神職林家の一子相伝で1100余年の歴史を誇る。


山形県 紅花染め事例


山形県 紅花染めの振袖


紅花染め「ひな人形」 山形県河北町


前号では、頬紅を発明した主人公がBC1〜2C頃、漢の武帝時代にシルクロードの大半を牛耳り、古代中国への侵入略奪を重ねていた狩猟騎馬民族の匈奴だった話。

前々号は日本の女王紅花が本場シルクロード諸国では逆転の侍女待遇だった衝撃のお話でした。そこには強力なライバルが存在したのです。その名は〝サフラン〟イスラム圏では黄色を指す言葉です。別名は〝クロッカス〟。

つまり、紅花を英名、サフラワーと呼ぶのは紅花が黄色の花として認識され、サフランの代用品として、日常的にはパンに紅花の黄色を混ぜて焼くと、サフロールという成分の抗菌性で長持ちするのだとか…日本のように複雑な工程を繰返して、赤い色素を取る発想が殆どないようです。

しかし、サフランは彼らにとって大変高貴な香りと共に、その黄金色にオーラを感じるのだとか…故に、〝サフラン1g=金1g〟の謳い文句も日本の〝紅一匁金一匁〟と同義語。

理由はシルクロード諸国の殆どが砂漠性の乾燥地帯なので、年中あの強烈な日射しに晒されたら、ひと堪りもありません。彼らが好むのは最高彩色。配色においても然りです。日本では気恥ずかしい色使いと言うべきか、まるで毎日舞台衣装を着ているが如しです。

反対に我国では1、2位を争う紅花染めと紫根染は最も退色し易い存在ですが、それ故に日本で愛でられる面もあるのです。それは日本独特の感性を育んだ温帯特有の気候風土が関係するのか、この退色現象に心を寄せたのは時の主人公が、平安貴族層だったことに注目してみましょう。

多勢の仕女を抱え、暇を持て余す女性貴族たちの嗜みとは主に、手習い、琴、和歌だったそうで、関心事は自ずと四季折々の歳時記に向かいます。

温暖で湿潤な環境は多彩な植生と、刻々変化する四季の彩りに彼らの心に生じた、移ろい、儚さ、翳り、おぼろ、霞み、秘めやか、憐れ…等々の抑制に傾く美意識です。これの真反対にある砂漠環境では推して知るべしですね。

山形県と言えば新潟と秋田に挟まれた地味な土地柄ですが、江戸中期〜明治初期にかけては天下に轟いた謳い文句が、〝紅一匁金一匁〟でした。それは日本一の紅花産地山形のウルトラ景気の表現だったのです。


紅花栽培が何故山形だったのか…?

酒田 北前船(千石船) ⒉分の1

日本遺産登録"山寺と紅花文化" 北前船とは、江戸から明治にかけて日本海海運で活躍した当初は買積みの北国廻船。船主自身が寄港地の商品を買い、他の港で入手した商品を売買しながら利益を上げる廻船を指す。当初は近江商人が主導権を握っていた。


山形県 夕暮れの最上川
2018年 日本遺産登録 "山寺と紅花文化" を支えた舟運-最上川の景観


近江商人(近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出)

天秤棒に夢をのせ、行商に励んだ近江商人発祥の地、東おうみ。 近江商人とは、近江を本宅・本店とし、他国へ行商した商人の総称で、近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出しました。 近江商人は、そのほとんどが江戸時代末期から明治時代の創業で、現在も商社として多くの企業が活躍しています。


それには訳があります。先ずは生産の規模と最上川舟運と北前船の連携、そして近江商人介在による好条件が揃ったからです。

最上川とは米沢の西吾妻山源流から日本海に注ぐ河口酒田迄は他県を跨がず県下のみで完結し、その流路距離にして229㎞と全国一を誇ります。

その分、大きく蛇行し、川幅や川床の形状や性質、水深の差異等もあり、特にネックとなった三大難所(碁点・三ケ瀬、隼)の存在でしたが、57万石城主最上義光(戦国時代〜徳川時代前期)によって、全線が繋がれたのは江戸初期の事でした。

山形では紅花を乾燥した紅餅の形で最上川を下り、酒田から北前船に移し換えて敦賀港で荷揚げされ、琵琶湖経由で染め物のメッカ京都へと運び込まれました。


最上川と北前船と紅花の三位一体

徳川幕府が江戸城に移ると、百万都市とも謂われる爆発的な人口の増加で、極端に物資の不足を招きました。

特に大量の建材や米等の食糧の不足は鉄道のない時代、舟運に頼らざるを得ず、いきおい幕府は御用商人河村瑞賢に命じて、北前船の西廻り航路による交易路を開通させました。その寄港ルートとは次の如くでした。


瑞賢が提案した西廻り航路の寄港地

起点 酒田⇒佐渡小木⇒能登福浦⇒但馬柴山⇒石見温泉津⇒長門下関⇒摂津大坂⇒紀伊大島⇒伊勢方座⇒志摩畦乗⇒伊豆下田⇒江戸 終着点

以上は幕府直営御用船であり、何処の港も厳しい見張りと検閲場を設け、民間商人の入る隙間もなく、効率的に事が運びました。

山形県 酒田 本間家 ~北前船(千石船)で一獲千金~


以降、酒田ー江戸との交易は益々繁盛。その盛況ぶりは井原西鶴「日本永代蔵」に「北の国一番の米商人」だった廻船問屋の旧鐙屋や、日本一の大地主になった本間家の様子に触れています。(何れも現存公開中!)

さて、紅花交易には当然、かの鐙屋が大きく関わります。
紅花染めは敦賀経由の京都へ、また、化粧紅は幕府御用船で江戸へと運ばれました。

序に、あのNHK朝ドラマ〝おしん〟では確か転々とした奉公先の一つがこの鐙屋をモデルとした話です。

長々とお付き合い頂き、真に有難う御座いました。



風土・色彩文化研究所主宰

日原 もとこ

プロフィール

東北芸術工科大学名誉教授、広島県出身。女子美大卒。61年通産省工業技術院産業工芸試験所技官。豪州国メルボルン王立工科大学政府派遣研究員。帰国後製品科学研究所主任研究官を経て92年東北芸術工科大教授就任。専門は環境色彩学。このほか風土・色彩文化研究所を主宰、県建築サポートセンター社長、アジア文化造形学会会長、日本デザイン学会及び日本インテリア学会名誉会員。著書、訳書に色彩療法(単行本)テオ・ギンベル(著)日原もとこ(翻訳)等



協力(順不同・敬称略)

特定非営利活動法人 ACT.JT(アクトジェイティ)
〒170-0013 東京都豊島区東池袋5-7-4 マーブル東池袋7F 電話:03-6914-0325
「鼎」制作:赤坂明子

谷地八幡宮 〒999−3511 山形県西村山郡河北町谷地224 電話:0237-72-2149

近江商人ゆかりの町連絡会
近江八幡観光物産協会 TEL.0748-32-7003
東近江市観光協会 TEL.0748-29-3920
日野観光協会 TEL.0748-52-6577

一般社団法人酒田観光物産協会
〒998‐0838 山形県酒田市山居町1-1-20 TEL:0234-24-2233



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ZIPANG-6 TOKIO 2020

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